ねこだちが小説家になるまで!

 ねこだちのアスリアが、小説家になろうとして、試作ファンタジーを書いています。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。

蒼波(そうは)くん!

「またあの猫が来てるよ」
 せっちゃんの声に、おばあちゃんは縁側から庭の方を向いて、微笑しました。
「おやまあ、どこから来たのかねえ」
 その猫は、茶黒白まだらの三毛猫で、大事に扱われているのか、毛並みもよく、見るからにはつらつとしていました。

「いつも、この時間に来るよね。エサ、あげていいかな」
 午後の三時です。ちょうど十歳のせっちゃんも、おやつの時間。

「甘いものは、身体をこわすっていうから、あげちゃだめですよ」
 おばあちゃんがせっちゃんに言います。
 せっちゃんの実家はすぐ隣でしたが、せっちゃんはおばあちゃんのところで育てられています。
おばあちゃんとは仲良しで、冬になればみかんを一緒に食べたり、夏には一緒にプールにも行きます。

 いまは二月のはじめで、空なんかカチカチに灼けた鋼のように銀色で、明日は雪が降りそうな、そんな日のことでした。
おばあちゃんとせっちゃんは、さむそうに震えながらも、毅然としてやってくるその三毛猫を見て、頭をかしげています。

「ねえねえ、うちであの猫、飼えないかな」
 せっちゃんが言うと、
「だめだよ。よく見てごらん、首輪をしてるだろう。この近所の猫が、遊びに来てるだけなんだよ。閉じこめたら、かわいそうじゃないか」
 おばあちゃんは、そう言いました。

 よく見ると、その猫は、赤い首輪をしています。名札はついていませんが、確かに誰かに飼われているようでした。警戒しているそぶりを見せていなかったからです。

「おばあちゃん、わたし、この猫にちょっと伝言をお願いしようと思うの」
 せっちゃんが、唐突に口を開きました。
「伝言、かい?」
 おばあちゃんは、首をかしげました。
「だれに伝言、するのかい?」

 そもそも猫ですから、人間の言葉が分かるはずもありません。でも、そういってせっちゃんの思いつきを笑い飛ばすなんて、おばあちゃんにはできません。

「ちょっと待ってね」
 せっちゃんは、縁側から部屋に引っ込んで、お買い物用のメモ用紙を取り出して、ボールペンでなにか書いていましたが、しばらくするとおばあちゃんのところへ戻ってきて、
「これを、首輪にはさんでほしいの」
 とメモ用紙をさしだしました。

 そこには、「この猫の飼い主さんへ。お友達になりましょう」と書いてありました。
 おばあちゃんは、思わずまた、微笑しました。
「この子は、伝書鳩じゃないんだよ」
「でも、もしかしたら、これを読んで、おたよりくれるかもしれないじゃない? そうなったら、すてきだなって思うんだ」

 夢見がちなところのあるせっちゃんの言葉に、おばあちゃんは、くすくす笑いながら、三毛猫に近づき、のんびり横になっているその猫の首輪にメモ用紙をとりつけました。

 うたた寝していた猫は、起き上がってそのまま、
「じゃましたな」
 という顔で出て行ってしまいました。


伝書猫

 それからしばらく、その猫はやってきませんでした。
「ねえ、もしかして、気を悪くしたのかな」
 せっちゃんは、ちょっと気がかりです。
「猫がかい? それとも飼い主がかい?」
 おばあちゃんは、ちょっと肩をすくめて、
「大丈夫だよ、猫というのは、そんなにあちこち遠くを歩かないもんだ。きっと、あの手紙を受け取ってくれてるよ」
  そんな会話をしていると、あの猫が現れました。
 首輪に、なにか新しい青い紙をつけています。
「ぼくでよかったら、文通しましょう。ぼくは蒼波(そうは)っていうんです。両親がブルーウエイブのファンだから。十歳です」

 と、書いてありました。

 せっちゃんと蒼波くんの文通が始まりました。
 お互いに近所なのは判っているのですが、どこに住んでいるのかは、この三毛猫しか知りません。
 おばあちゃんも、わざと住所を聞きませんでした。
 というのも、三毛猫が、今日はくるか、こないか、とどきどきしているせっちゃんを見ていると、面白くて面白くて、たまらなかったからです。

 それに、三毛猫の顔を見るのも、楽しみの一つでした。
 蒼波くんという子のことを想像すると、ぽっと暖かいものが、胸に宿ったような気持ちになるのです。
 その暖かさを思うと、なかなか、住所が聞けないのでした。

 二月十四日になったとき、せっちゃんが、おばあちゃんに言いました。
「おばあちゃん、あたし、蒼波(そうは)くんに会おうかな。だってバレンタインだし」
「せっちゃん、蒼波(そうは)くんにチョコをあげるのかな?」
 おばあちゃんが、からかうようにそう言うと、
「え、へへへへ」
 せっちゃんは、顔を真っ赤にしてうつむきました。

 せっちゃんは、公園に行きました。
 待ち合わせの時刻より、一時間も早く、着きました。
 蒼波くんが来てくれるかどうか、どきどきしてきました。

 おばあちゃんは、公園の入口で、それを見守っていました。
 せっちゃんの目印は、白い帽子。
 蒼波くんの目印は、ブルーウエイブのサイン入りサッカーボール。
 でも、写真も見たことがないのに、会えるのかな、とおばあちゃんは少し、疑問です。

 せっちゃんは、だいじそうにチョコの包みをだいてます。
 蒼波(そうは)くんが、明るくて誠実な少年だということは、文面からよくわかりましたが、約束をちゃんと守る男の子なのでしょうか。
 せっちゃんが、がっかりする姿は見たくない、とおばあちゃんは、ひそかに胸を痛めていました。
 知り合ってまだ十日あまりです。そんなに期待しない方がいいかも。

 でも、そのとき。
 ひとりの少年が、サッカーボールを蹴りながら、公園にやってきました。
「せっちゃん!」
 彼は、叫びました。
「蒼波(そうは)くん!」
 せっちゃんも、叫び返しました。

 二人はしっかりと、手を握り合いました。
 その二人の足元に、いつのまにやら、あの三毛猫がじゃれついているのでした。

 おばあちゃんは、その三毛猫を見て、その子に名前を付けよう、と思いました。
 二人を結びつけたキューピットなんだから、アイなんてどうだろう。

 冬はまだまだ続くけれど、二人の間は、もう春が来ています。

 伝書猫は、キューピット。  







ねえ、ねえ……
  



 
テーマ:創作モノ - ジャンル:その他

いきなり、ノガルはセロクエルの右腕を取って、星礼音の首から外した。

「やめてください!!」

  いきなり、剣をもぎとろうとする。星礼音はごろりと横に転がった。びゅっと剣が振り下ろされる。

「何をして……」

 メイアギドは唇を噛んだ。

「そなた、命を救ってやったわたくしへの恩を忘れたのかえ? 母親に反抗するとは!」

「命を救ってくださった恩は、姫をここに連れてきたことでお返ししました。私は――、姫を連れてきたときに思ったのです。母上が、姫と和解して新しい国作りをしてくださることを」

 ノガルは、ぎりっ、ぎりっ、ぎりっとセロクエルの剣をねじりあげた。あの細腕からは、信じられないほどの力である。

「裏切るのかえ? わたくしを、裏切るのかえ?」

 メイアギドは、少しうろたえているようであった。

「セレーネ姫、早く携帯電話で月哉さんを解放して!」

 ノガルが叫んだ。星礼音は、転がるようにメイアギドに向かって進んでいく。メイアギドは、星礼音を追いかけようとしたセロクエルに向かって叫んだ。

「ノガルを殺してたもれ! 早く!」

 星礼音は思わずメイアギドに見入ってしまった。信じられない表情をしている。

「星礼音! 俺はいい。ノガルを助けろ!」  月哉は叫んだ。

 それからあとのことは、まるで悪夢のようだった。

  セロクエルが、星礼音に向かって刃を振り上げる。

 メイアギドが、しゃにむに突き進む星礼音の進路から、身をふりまわす。

 ノガルが、自分をかばう星礼音を押しのけ、その刃の真ん前に立ちふさがる。

 ぐさり。

 ノガルの胸に突きささる長剣。

  血の染み。

 雷鳴に打たれたように、悲鳴を上げる星礼音。そして、月哉も悲鳴を上げていた。

「こ、こ、殺した……! ノガルを、ノガルを……!」

 セロクエルは小さく叫んで二歩退いた。月哉は、とうとう戻してしまった。先ほど食べたスープが、床の上で嫌な匂いを漂わせる。セロクエルは、茫然としている。

「殺した……」 

  星礼音は、ノガルに駆け寄った。すごい出血だった。抱き上げる星礼音の胸が、ノガルの血で染まっている。彼女は、震える手で長剣を抜き取った。剣先は血糊がべったり。

「これで……いいのです……」

 ノガルは、かすかに微笑した。

「私は罪を犯した……。死をもって、あがなうべきところを、今まで……ずるずる生きてきた……。姫……私を……ゆるして、くだ、さい……そして……ライラキア国に……希望を……!」

 がくっ。ノガルの頭がゆらいだ。

「ノガル!」

  星礼音は小さく叫んだ。

「ふん……死んだか」

 メイアギドは、まるで虫けらが死んだみたいな言い方をした。

「月哉、と言ったな。おまえはわたくしが、手を下さず、ねぎらいもしないと言った」

 メイアギドは、携帯電話をかざして、

「ノガルにはねぎらっておこう。大儀であった」

 うぃぃぃぃぃん……。

 携帯電話が、うなり声を上げた。

 突然、一同はひどいめまいを感じた。両肩に、重い荷物か錘が乗っかったみたいだ。それだけでなく、身体全体がだるくなり、力が抜けてくる。

 ノガルが目を見開いた。

「――これ……は?」

 星礼音ははっとノガルを見つめた。どうやら傷は致命傷ではなかったのだ!

「今治療すれば、ノガルは生き残れる!」

 月哉は叫んだ。

「どうするんね?」

 星礼音は叫び返す。

「電話じゃっ! あれを使えっ!」

 メイアギドは、ぐにゃりと床に横たわってしまったが、携帯電話だけは必死に抱きしめている。セロクエルは椅子に座り込み、そのままこっくり、こっくりしはじめる。

「この……アイテムを……奪われて……なるものか……!」

 メイアギドは、睡魔と戦っているようだ。月哉もひどく眠い。

 星礼音は、メイアギドに長剣を持って迫った。

「あんた、許せない」

 星礼音の顔は、まるで鬼だった。メイアギドはひっと声を上げた。

「自分の息子を殺そうとするなんて……!」

 真っ青になったメイアギドは、懐から石を取り出した。

「ギャルルガヌンヌンヌン!」

 すさまじい爆発。

 直後、メイアギドの姿は、そこにはなかった。どうやら自分だけ脱出したようだ。

「ノガル、起きて!」

 星礼音は、ノガルを抱き起こし、月哉のそばに引きずってきた。あの身体でこの体力。月哉は少し、見直している。

「手を取って」

 星礼音はノガルの手を、月哉に渡した。手はべったりと血でよごれている。月哉はバー越しにだらりと手をのばし、弱々しくその手を握りしめた。

「メイアギド、悪いけどそれはうちのじゃけん、返してもらうで」

 そういうと、メイアギドの腕を、ものすごい勢いで払いのけ、携帯電話を奪うと疲れ切った様子でノガルに向き直った。

「うちは、王女にあこがれとった。王女になれば、きっといいことがある……そう思うとった。けど、そうじゃなかった」

 星礼音の声は、疲れているためか、張りがなかった。

「じゃけん、うちはノガル連れて、家に帰る。それで、ちゃんと解毒剤に必要な、薬草をいっぱい育てて、戻ってくる。あんたなんかのいいように、この国を支配させたりなんかしないんじゃけん!」

 そういうと、彼女は携帯電話に命じて言った。

「転送三人、お願いじゃ!」

 そして――。

「どしたん! うちに帰ってこん、思うたら、こんなところで怪我人を看病しとったん?」 いきなり、お袋の声が耳をつんざいた。

 蝉の声。倉庫のがらくた。懐かしい、ここは日本だった。夕方近くなっている。月哉は疲れ切っていたが、お袋の懐かしい顔を見て、もう少しで泣きそうになった。

「ありゃあ、あんたその怪我ひどいねえ、救急車呼ばんとぉ!」

 お袋が、ばたばたと走り去っていく。勝手知ったる他人の家、しょっちゅう妹のエリカおばちゃん家に出入りしているお袋なら、すぐ救急車を呼んでくれるに違いない。

 ノガルは、顔を上げた。

「ありがとう……。私を……、助けてくれて……」

 ノガルは息も絶え絶えである。

「しっかしわからんのー。わしにも扱えなんだ携帯電話が、なんでメイアギドに使えたんじゃろう?」

 月哉は首をひねっている。星礼音は、携帯電話の電源を切り、その裏を見せた。ほとんど見えないほど小さな文字が刻まれている。

「広島弁オンリー……?」

 ノガルは不思議そうだ。

「しごうする、というのはやっつけるって意味。そして、大儀ぃってのは、疲れるって意味の広島弁なのよ!」

 三人は笑った。

 今度あの国へ行くことがあったら、やることがいっぱいあるのー、と月哉は思った。あの女が今どうしているかは判らんが、いつまでもあいつの好き勝手されてたまるか。わしも一肌、ぬいでやる。

 救急車の来る音がする。ノガルはきっと助かる、と念じながら、二人はノガルを抱きしめていた。了



「解毒剤のレシピを作って、我らに公開したとき、エリカは、解毒剤にはアルジーバという薬草が必要だと言った」

 セロクエルは、ノガルも無視している。

「その薬草は、非常に貴重なのです。隣の国にしか、生えていない……」

 ノガルは、無視されても、話を続ける。

「だからわたくしはエリカに言ったのです。解毒剤を独占しようと。それがこの国を救うことなら……、肯定されてしかるべきだった」 メイアギドは携帯電話をいじりながら、深い物思いにふけっている。

「エリカは、そんなことはできないと言った」 セロクエルは、淡々と言った。少し、星礼音の首もとから血が流れている。が、星礼音は目をかっと見開いて、セロクエルの言葉を一言一句、聞き漏らすまいとしていた。

「ライラキア国はどうなるのか、と言われて、あの女は、解毒剤のレシピを解放し、マナの使用を禁じればいい、と言ったのだ。アルジーバは貴重で、限られた人にしか行き渡らないのに……、そればかりか、なんでも望みの叶うあの魔法の石を、放棄しろと言ったのだ!」

「そこでわたくしは、人々に言ったのです。マナがなくなれば、今まで培ってきたすべてのことができなくなる。遠くの人と話をすることもできなくなるし、移動手段もテレポートなどはできず、歩きになる。天気をコントロールできなくなり、明日の朝が晴れるかどうかも判らなくなる。確実に獲物のたくさんいる場所がどこになるのかも……。そうなったら飢えるしかない。わたくしは教えてやったのです。選択肢は二つしかない、と。エリカの意見を受け入れて、マナを使わずに飢え死にするか……、あるいは、わたくしの意見を受け入れて、汚染を承知でマナを使い続けるか。わたくしは解毒剤のレシピも知っている。そのために、莫大な費用が必要だということも。わたくしが解毒剤を独占しているのも、貴重なアルジーバを保護するため……。高い薬草を買うためには、しかたのないことでした」

「じゃけど……」

 星礼音は、首に手をやった。血を手でぬぐい去り、

「あんたは、魔王の娘じゃろう? 薬草くらい、魔王に頼んで調達できんかったんかいね」

「魔王を殺しておいて、よく言うわな!」

 セロクエルは、険悪な目になった。

「俺たちは、マナを使っていれば平和で楽しい生活ができたんだ。それをあいつは、禁止しやがった! あいつのおかげで、戦争になり、罪のない人々が死んでいった……」

「だから、その子を殺すのです」

 メイアギドは、携帯電話のスイッチに気づいて、かちっと電源を入れた。ようこそ、と書いてある画面を見ながら、

「そなたに殺されれば、セレーネも本望であろう」

「殺されるのは仕方ない」

 月哉は、ふとなにか思いついたように、頭をもたげて言った。

「月哉!」

 星礼音は悲鳴を上げる。

「あんたの言うとおりだよ。わしにも、判る。この携帯電話やパソコンなんかがなかったら、わしらは不便に思うことじゃろう。わしもエリカおばちゃんは、急ぎすぎたんじゃと思う。けど、肝心なことをまだあんたは話しとらん」

「なんじゃえ?」

「この国を、あんたはどう治めるつもりなんじゃ?」

「――どう治める……」

 メイアギドは首をひねった。

「エリカのはじめた、奇妙な風習はやめさせるであろうな。まずもって、裁判はやめさせる。時間の無駄じゃ。弁護士なんて、最悪の職業だということがよーく判った。わたくしが女王の座に着いたら、まず、罪を犯した人間は、両手両足に縄をつけ、馬を四頭用意して、馬を四方に走らせる。肉の引き裂かれる音が、きっと心地よいことであろう」

「……」

 月哉は、なにやら胃のなかのものが、口の中に出てきそうな気がした。

「そうそう、犯罪者の牢での拷問は、わたくしへの金次第でどうにでもなるようにしておくことにしよう」

 メイアギドは、さらに続けている。

「濡れ衣を着せられたと主張するやからには、高価な宝石を用意してもらうことにする。宝石でなければ、金貨でもいい。高価であればあるほど、牢にいる時間が短くなる。罪が確定するかどうかは、わたくしの気分次第……。カネさえあれば、この国では生きていける、という教育をしっかりしておけば、わたくしの財産も増える。権力も巨大なものになるだろう。おまえらがいなくなれば、そのあとはわたくしの天下になるのだ!」

「……くうっ」

 星礼音は息を吸い込んだ。

「あんたサイテーじゃねっ! あんたみたいな女が女王になったら、この国はめちゃくちゃになるっ! そんなことは断じて許さんっ」

「ほほほほ、命乞いをするかと思えば、虚勢を張っておるのかえ、王女さま。そもそも、そなたにこの国を支配する力があるのかえ? この魔法のアイテムがなくてはなんにもできない無能な王女殿下のくせに」

「星礼音は日本人じゃ、この国にはなんの愛着もないんじゃ! 家にもどしてくれ! そしたら、わしらはこのことをすっぱり忘れる! 忘れてやるわいっ!」

 村で見た光景が、脳裏をちらついた。あきらめきった無表情。疲れ果てた男たち女たち、そして子供の姿の見えない大通り。

 解毒剤さえあれば、彼らは救える。その認識が、じわじわと月哉の頭に染み込んでくる。知らん知らん。わしはうちへ帰りたい、それだけじゃっ、と否定すればするほど、優しく声をかけてくれたおばさんたちの、やつれた表情がつきまとうのである。

「その薬草――アルジーバっていったっけ? この国にないんだったら、育てればいいじゃないのさ」

 星礼音は、珍しくまともなことを言った。顔色は真っ青だが、首のところの刃を感じているのに、声は平然としている。いつも思うが、あの華奢な身体のどこに、そんな肝っ玉が宿っているのか。

「反発するなや! わしらは、事故でここへ来てしもうたんじゃ。話せばきっと、わしらを放っておいてくれる」

 月哉は星礼音を説得しようとした。

「こいつ、気にくわないのよ」

 星礼音は、メイアギドに、突き刺すような視線を向けた。痛烈な言葉が発せられる。

「解毒剤の薬草が高いから、レシピも解放しないし、解毒剤を独占してる? マナを使う事のどこが悪いって、それはそっちの言い分じゃろう。たしかに薬草は貴重かもしれんけど、高いものにかこつけてマージンをやたらと取って、自分は贅沢にふけってるって、そんな感じだよあんた」

「贅沢のどこが悪いのじゃ」

「民が苦しんでるときに、自分だけいい目をするなんて、上に立つ者のすることとは思えないわよっ。ノガルに対してだって、あなた、一度だってねぎらいの言葉をかけたこと、ないんでしょう。ご苦労様とか大儀であったとかお疲れさんとか、人間らしい言葉を交わせない人がこの国の女王じゃって! さすが魔王の娘はできが違うわね」

「星礼音っ。黙ってろ!」

「いいえ、言うよ。言わせてもらおうじゃん」

 星礼音は、ずるずると腰を落としながら、

「あんたは自分でできることも、自分でやらない怠け者なんじゃろう。ノガルやセロクエルに用事を命じて、自分はなにもしない。あたしが無能なら、あんたは怠惰なブス女よっ! それにひきかえ、ノガルは一生懸命じゃ。うちらに、スープもくれたし、不利になること判ってても、マインド・コントロールのことを話してくれた。うちはノガルが大好きじゃ、ノガルがおるけん、うちはこの国におりたいと思う。ノガルがうちを王女じゃって認めてくれた、そしてうちを大好きじゃって言うたんじゃけん!」

 それを聞くと、メイアギドはノガルの方に向き直った。

「こんなチンケな子の、どこがいいのですか」「――母上……」

「この子に恋をすることは、わたくしが許しません。この子はあなたのおじいさまを殺したエリカの子供なんですよ!」

 ノガルはうつむいた。内心でどう思っているのか……。月哉には判別はつかないが、苦悩の色が濃くなっていくのを、鳥かごの中で歯をくいしばって見つめているばかりである。

「判ってます、母上」

 ノガルは、小さい声で言った。

「しかし、私とあの子が結ばれれば、これほどいいことはないと思います。セレーネ姫は王家の血を引く者ですから、私が王位に就くことは可能なはずです。母上が実権を握れば……」

「愚かなことを。また青二才の娘にふりまわされて、国土を焦土にするのかえ?」

 メイアギドは、携帯電話を振り上げ、ノガルの肩めがけて振り下ろした。ぐきっと骨があたる鈍い音。ノガルは立ったまま、それをぐっと受け止めた。

「母上、理性的に考えてください。星礼音の言うことも一理あります。アルジーバをこの国で作ればいいんですよ。エリカさまと違って、セレーネさまはせっかちではないようです。植物に関する知識や忍耐強さは持っているはず」

「そのとおりじゃ!」

 月哉は元気になった。ノガルは、本当は味方だったのだ! うまく話を持って行けば、星礼音と一緒に、この国の解毒剤を作る手助けができるかもしれない!

「だめです、だめです!」

 メイアギドは頭を振った。

「そんなことをしたら、わたくしの収入源はどうなるのです。それに、この国への改革を実行することも、難しくなるでしょう」

「そんなことない……」

 月哉が言いかけると、

「そのとおりよ! 罪人への拷問をするなんて、しかも賄賂で拷問の種類を変えるなんて、改革じゃなくて改悪よっ」

 星礼音はぎゃーぎゃーわめいた。

「話は平行線のままのようですね」

 メイアギドは、殺しそうな視線を星礼音に向けた。

「国民をいたわり、ささやかな幸せを守るのが、王のなすべき務めじゃないの?」

 月哉は、絶叫した。

「息子に向かってねぎらうことすらしないあんたに、ライラキア国を支配する資格なんか、ない!」

「黙らっしゃい!」

 メイアギドは一喝する。そしてセロクエルに近づくノガルを見ながら、

「何をするのです」

 と不安な声をあげた。

 



 不意に、一同の魔の前が白くなった。月哉と星礼音は息をのんだ。部屋一杯に広がる灰色と白と緑色のもやもやが、すぐに城の屋上とおぼしき立体像になる。

 なん? なにが起るん?

 いきなり目の前に、金髪の男の人。年格好は三十くらい、やせぎす、顔は恐怖でこわばっている。それから、七つか八つくらいの少年が一人、その正面に立っている。濃淡に広がる空の一角は、火がぱちぱちと爆ぜている。少年の表情は硬く、決意に満ちている。金色の髪が、風でなびいている。少年は、男に一歩近づいた。男の顔は、さらに恐怖で青ざめている。

「ノガル……。俺を殺そうというのか。国王である俺を……。た、た、頼む、殺さんでくれ!」

 なんじゃこの人、国王じゃったんか。なさけねー、小さい子に向かって命乞いかいな。

 え、いま、ノガルって言った?

 火がノガルのすぐ背後に迫っている。国王は、じりじりと後ずさりをし、そして胸壁の縁に背中をつけた。

「逃げる場所はない」

 少年の声は、これ以上ないほど冷たかった。

「なぜだ……。俺はおまえをかわいがっていた!」

 国王は、どうやらちびっているらしい。ズボンの前にシミができている。

「あなたは、国民に無理なことを強いた」

 少年の眸は、なおも冷たかった。

「あなたは、魔法を放棄させようとした。あれは毒だと、だから徹底的に排除しろと」

「そ、そのとおりだ! あれは毒だ! あんなものを使ってはいけない!」

「メイアギドさまは、そんなことは言わなかった。あれは国を栄えさせる、大事なものだ……。僕たちは、あれがなくては、火をおこすこともできない……。おまえは国民を苦しめる、悪い奴だ!」

「ノガル……! おまえはだまされてる!」

 そのときだった。

 がらがらっ……!

 炎が一段とひどくなり、ノガルに向かって、櫓の一つが崩れ落ちてきた。

「ノガル、あぶないっ!」

 国王はノガルに走り寄った。ノガルは悲鳴を上げる。炎が一面を覆い尽くす。

 ノガルの背中に、櫓が落ちてきた。

「わあああああっ!」

 ノガルが叫んだ。サミュエルが助けに走り始める。

「しっかりしろ! すぐ助ける!」

 しかし、周りは火の海だった。サミュエルは、咳き込んだ。服に火が付き、焦げ臭い匂いがたれ込める。

 そのとき、メイアギドが現れた。

「ノガル! ノガル!」

 彼女は叫ぶと、ノガルに向けて、なにか呪文を唱えた。

 ノガルの周りの火はたちまち燃え尽きた。

「サミュエルは……?」

 ノガルは問いかける。

「あんな男は放っておきなさい」

 メイアギドは、優しくほほえんだ。

「だめだ。あいつを殺すまでは、ぼくは安心できない」

 ノガルはそう言うと、身体を動かした。背中は赤くただれている。

「放っておきなさいと申すのに、愛しい子」

 メイアギドの声は甘い。

「あいつはあなたの愛を拒絶した!」

  ノガルは、ごうごうと燃える炎の中をにらみつけた。そして、サミュエルがそこから脱出しようとしているのを見ると、

「あいつは生かしておけない……!」

 そうつぶやき、彼の眸をひたと見据えた。

「ぼくの言葉に従え、サミュエル……」

 サミュエルは、炎の中で立ちつくした。顔から表情が剥げ落ちた。

「そうだ。おまえは罰を受ける」

 ノガルは冷酷な笑みを浮かべる。

「おまえはそのまま死ぬがいい!」

 櫓がもう一つ、落ちてきた。サミュエルはぼんやりと立ちつくし続けている。靴が、ズボンが、下半身が燃え始める。

 サミュエルは、微笑した。なにかに取り憑かれている表情のままで。

「わかった。お前の言うとおりだ。俺は死のう」

「うそ……」

 星礼音の声が、背後で聞こえる。映像の炎は燃え続けている。メイアギドが笑い続けている。

 そして、サミュエルは煙の中に消えていく。

「――よくやった、我が子よ」

 映像の中のメイアギドは、少年の額にキスをした。

 我が子?

 月哉は、耳を疑った。こちらのノガルは、絶望したように目を閉じた。映像は終わった。

 メイアギドは立ちつくした。

「どうだえ? これでもわたくしが全て悪いと、そう言うのかえ?」

 だれも何も言わなかった。

「月哉よ、おまえをここに連れてくるのは、わたくしの計画の一つであった」

 メイアギドは、ノガルに手を差しのばす。「この魔法のアイテムについて、なにかわかったことがあったのかえ?」

 ノガルは顔を背けた。

「いいえ、母上。この者たちは、解毒剤の存在すら知りませんでした」

「ふん、そんなことじゃろうと思うておったわ」

 メイアギドは嘲笑した。

 月哉は足元が崩れていくような思いだった。この人なら信じられる、と思っていたのは、マインド・コントロールだったのか。

 そういえば、奇妙な点がいくつもあった。ノガルの家の肖像画。一部の貴族にしか配給されないマナ。そして心の中にわき起こる、信じられる、というあの暖かい感情……。なによりノガルがメイアギドの息子であることが衝撃的だった。いったい、誰との子供なんじゃろうか。

 ちらりと星礼音の方を見ると、彼女は魂が抜けたみたいになっている。

「ノガル……。味方だと思ってたのに……」

 気の抜けたサイダーみたいな声だった。ノガルは顔を背け続けている。メイアギドは狂ったように笑い続けている。

「ノガルよ。このものたちに死を与えよ」

 メイアギドは、白い指を二人につきつけ、命じた。

「母上……。私は……」

 ノガルは、口ごもった。

「何じゃ。臆したか? あいつらは、そなたの祖父を殺し、この国を滅ぼそうとし、あろうことか、王位を簒奪しようとしている反逆者なのじゃ! この国のために、このものたちを殺すのじゃ!」

 わかんねーのー。こいつ、なに言っとるんじゃ。反逆者はこいつの方じゃん。

 月哉はすっかり混乱して、ノガルとメイアギド、そしてセロクエルを交互に見た。

「ノガル、わしらを殺すんか? ほんまか?そんなにじゃまなら、日本に返せばええ。ここにはもう、二度とこん」

 月哉は眉を寄せている。

「そうはいかないのよ。日本に戻って、自衛隊を連れてこられちゃ、かなわないからねえ」

「自衛隊のこと、知っとるん? あんた、だれね?」

 メイアギドは、その言葉を聞くと、ちょっと眉をつり上げた。

「そなたたちの母親から、たっぷり聞かされておるわ。そなたたちはそうでもなさそうじゃがの」

「わしら、この国の事情のことはさっぱりわからん。魔王を殺したのは、たしかに星礼音のママとパパなんじゃろうし、マナの使用を禁じたせいで戦争になったんは、いけんことじゃと思う、けどの」

 星礼音の方をちらっと見た。

「あんたら、大事なこと忘れとる」

「ふん、大事なこと? そんなことがあるもんか」

「いや。メイアギド、あんたはノガルの純粋さにつけこんで、星礼音のパパを殺させた。自分の手を汚さず、自分の思うとおりに人を動かすなんて、サイテーなやつじゃ。きっとあんたの息子に対しても、利用価値がなくなったら、さっさと始末するんじゃねーの?」

  そうなのだ。ノガルは悪人じゃない。わしらを悪人に仕立て上げた、こいつが悪い!

「――なにを言う! わたくしの地位を狙う、反逆者のくせに! せっかく手に入れたこの女王の地位を、そう簡単に奪われるわけにはいかぬ!」

「メイアギドさま。この人たちは、私の支配下にあります。どうか、殺すのはおよしください」

 ノガルはうめくように言った。

「いくじのない子」

 メイアギドは、となりでぼーっと立っているセロクエルを振り返った。セロクエルは先ほどから、ぼんやりと立っている。

「ねえセロクエル。あなたがこの子たちを、殺してくれるでしょう?」

 セロクエルは、ガラスのような青い眸を、ぼんやりとさまよわせている。

「あの子はあなたにとってじゃまな存在。さっさと片付けて、わたくしと一緒に、楽しい権力の道をあゆみましょう……」

「ダメです!」

 ノガルは叫んだ。

「セロクエルは、セレーネ姫の叔父に当たる方ですよ!」

「だから面白いでしょう?」

 メイアギドは、のどのところでくくくっと鳩のように笑った。

「血縁同士が血を流し合う……。王位と権力をめぐる醜い争い……。ふふふ、こんな面白い見物はないわね……!」

「メイアギド……!」

 ぎりりっ。月哉は唇を噛みしめた。セロクエルは、まるで自動人形のような足取りで、

星礼音に近づきつつあった。月哉はさっと星礼音の前に立ちふさがったが、ノガルがその前を妨害した。

「どけ、ノガル!」

 月哉は押しのけ、セロクエルに飛びかかった。セロクエルは、意外にも強い力で月哉を壁に吹っ飛ばす。その直後、がしーん、と音がして、巨大な金属製の柵があいた空間に落ちてきた。

「な……?」

 ぐいぐいっ。月哉は揺さぶってみる。

 柵はかたかたと多少揺れたものの、それ以上動かない。右も柵、左も柵、天井も柵。鳥かごのように周りを囲んでいる。

 月哉は、右拳を柵にたたきつけた。ぐわんぐわんぐわん、金属が共鳴する。手が痛くなったが、それ以上なにも起らない。柵の中には、ご丁寧にも、鳥用のえさトレイがついてる。そして、上空には止まり木まであった。

「わしはカナリアかよっ!」

 月哉はわめいた。

「そこでゆっくり見物しておるがよい」

  メイアギドはゆったり笑った。セロクエルは、腰に下げている長剣に手をやった。

「セロクエル! やめろっ! 姪を殺してまで、王位が欲しいのかよっ」

 月哉は檻のバーを握りしめ、声を限りに叫んだ。

「セロクエル!」

 セロクエルは長剣を抜き払った。

「ひと突きでは、物足りないこと」

 メイアギドは、じりっじりっと壁際に背中を近づける星礼音を、いたぶるように見つめながら、

「少なくとも、十三回以上は突かなくては……」

「な、なんで……。あたしがあんたに、なにをしたっての!」

 星礼音は、椅子にけつまづいた。がらがらっと椅子が転がり、星礼音は両手を突いて四つんばいになってしまった。

「あたしを殺したって、いいことないよ! だいたい、人を殺したら目覚めが悪いんだから。それに、そんな長くてでかい剣で突き刺してもらったら、身体に傷が付くじゃないのっ。お嫁に行けなくなるよっ」

 月哉は頭を抱えた。お嫁に行くどころか、生き残れんってば。

「あたしになんの恨みもないのに、殺すなんてそんなことしたらいけん! だいたい、ノガルもノガルよ、なんでこんなブス女のいいなりになるのっ。魔王の娘なんだよこいつっ」 ブス女、と聞いて、メイアギドはぴくりと眉を動かしたが、黙っていた。反論しても時間の無駄だと思ったのか、はたまた星礼音のあがきを面白がっているのか。どっちにしろ、あまり性格がええ人とは思えん。

 メイアギドはセロクエルの背後で、甘い声を出した。

「セレーネ、あなたはここへ、王位を継承に来たって言ってたわねえ? あなたが王女になりたがってたことくらい、わたくしはわかっているわよ。わたくしには絶対に手の届かない、王家の血筋……。どんなに魔力を秘めたマナを持っていても、魔王の娘であるわたくしが王位を継げる見込みはない。王位を継げるのは王族のみ。そんな不公平なことってあるかしら?」

「――言えてる」

 思わず月哉はつぶやいた。  

  メイアギドはじろりと月哉をにらみ、それから星礼音を見つめた。

「そなたの母は、我らの国に災厄をもたらした」

 彼女はセロクエルの肩に手を置いた。

「セロクエル、この者にこいつの母親のしでかした災厄を語るがよい」

「姫、話を聞くんじゃありません!」

 ノガルの声は、少し疲れているようだったが、メイアギドはちらりと彼の方を見ると、

「そなたは黙っておれ」

 と言い、半ば笑いをこらえた声で、

「そなたが王族の血を引いていない、というだけで権力の座につけないのを、忘れたわけではないであろう。そして、この国の汚染を広めたのも、あの女、エリカだと言うことも」

「――なにっ」

 月哉はバーを引っ張りながら、声を荒げた。

「おまえが解毒剤を独占したからじゃろうが!!」

「独占してなにが悪いのじゃ?」

 メイアギドは、心底不思議そうになった。「セロクエルよ、冥土のみやげじゃ。わたくしとあの女の違いを、この者どもにゆっくり語ってやるがよい」

「――そうしてあんたは、携帯電話の機能を探るつもりかいっ」

「おほほほほ、察しがいいこと。この手を汚すことなく、魔法が使える不思議なアイテム……。こんな貴重なものを、そなたたちに持たせておくのはもったいないであろう」

「おまえに操作できるもんか!」

「セロクエル、いいからこいつらに聞かせてやるがいい。自分たちがいかに無知であったか、そして、王位に就くことがどれほどばかげていることか、そいつらに教えてやって、後悔させつつ、殺してやればいいのじゃ」

 セロクエルは、月哉をちらりと見やり、壁際に立ちつくしている星礼音の胸を、長剣の柄で一撃した。

「ぐはっ」

 羽交い締めにされた星礼音。無理矢理あごがつかまれ、首の付け根に、金属の刃が当てられた。

「おまえは国に災厄をもたらすために、ここへ来たのだ」

 セロクエルは言った。そんなことない、と星礼音の目は訴えているが、セロクエルはまったくその訴えを無視している。

「おまえの母、エリカは言った。マナは国を滅ぼすと。使用し続けていれば、必ず汚染が広がり、いずれ人々は滅亡すると……」

「そのとおりです」

 ノガルは、苦しそうにつぶやいた。



            第七章 対決

           

 月哉は、トンネルの扉近くまで近づいてきた。声はますますはっきりしてくる。

「セレーネ、おまえの連れが持っていた、この魔法のアイテムの使い方さえ教えれば、メイアギドも命だけは助けてやると申しておろう」

 セロクエルの声は、いらだっている。

「これはどうやって使うのだ? そもそも、どういう物質でできておるのだ?」

 星礼音は答えない。

「のう、部屋の中はどうなっとるん?」

 月哉は、ノガルにささやいた。

「この扉を開けると、斜め前に鏡があります。鏡の正面には、王と王妃の寝室がありますね。それと、テーブルが一個置かれています」

「ずいぶんあっさりした部屋じゃの」

「王と王妃の部屋は華美ではありませんよ。セロクエルの部屋は違いますが。この部屋に入ってきている、ということは、いよいよセロクエルは、摂政から王になる野望に自信を持ち始めたということでしょうね」

「鏡、か……」

 月哉は考え込んだ。

「その鏡の像は、セロクエルから見えるんかの?」

「いいえ、ちょうど死角になってます」

「よっしゃ、そいつはええど」

 月哉はそおっと扉を開けた。すぐ正面に男女が二人立っていて、鏡に星礼音の姿が映っている。こちらに気づいてさっと顔色をこわばらせたが、すぐに表情を隠し、セロクエルたちの方に向き直った。セロクエルたちはちょうど背中を向けている。

 セロクエルの衣装は典型的な黒い軍服だった。両肩にモップみたいな肩パットが入っている。隣の赤ラメ女は、体つきからして間違いなくメイアギドだろう。右手に例の携帯電話を掲げている。

 三人の間には、一つ脚のテーブルが置かれている。その上には、紅茶が載っている。セロクエルとメイアギドのどちらも、星礼音を説得しようとしているようだ。

「あんたの言うことなんか、ぜんっぜん信じらんない。なにが命を助けるね。どうせ利用するだけ利用したら、ポイなんじゃろう?」

 相変わらず星礼音は高ビーじゃのーと月哉は思った。

「どうするつもりです」

 ノガルは問いかける。

「まあ見ときんさい」

 彼は手真似で、彼女に合図した。

違法なバイト中、警官から気取られずに逃げられるように、色々なジェスチャーを二人で決めていたのである。その中には、警察の気を取らせ、月哉が行動しやすいようにできる台詞の合図も含まれていた。

 その台詞を言ってもらうために、胸を一回叩き、うっほ、うっほと上下させる。

 星礼音は目をしばたいた。

 なに? どういうこと?

 星礼音はまばたきで返してくる。

 月哉はもう一度、みじろぎした。胸を一回叩き、うっほ、うっほと上下させてみせる。

 ノガルがじと目で見つめている。月哉は少し顔を赤らめたが、もう一度ジェスチャーをした。うっほ、うっほ。

 星礼音は嫌そうに、

「あたしの言えることは、その携帯電話は音声で動くってだけ」

 と言いつつ、椅子から立ち上がろうとするが、セロクエルが上から抑えつけた。

「それは読めば判る。声で命令を出してください、ということは、声で魔法が働くということであろう」

「まあねー」

「しかしなにを言っても、なにをいじっても、うんともすんとも言わぬのだ。なにかほかに、コツがあるのだろう? 教えぬと、ひどい目にあわせるぞ」

 星礼音は肩をすくめた。相変わらず、鏡を見すえて月哉をにらみつける。月哉はさらに胸を叩いた。ええかげんにせー、と目で押さえつけるようにすると、星礼音はげっそりした顔になり、

「まぁー、あんたがたぁ、そがーにひでぇーことをゆうたげんさんな。こらえてあげんさいや。ありゃぁーあれで、いろいろかんがえとってんじゃ、おもうよ。うちゃー」

  といきなり言い出した。

 月哉はうんうん、うなずいている。びっくりしたらしく、セロクエルとメイアギドは顔を見合わせた。扉口で、ノガルがもの問いたげにこちらを見つめている。

「なんですって?」

 メイアギドは問い返す。さらに月哉は頭をかき、尻をかく。星礼音はなおも顔をしかめつつ、言葉を続けた。

「あのなー、悪いけどのー、鳩豆はみんなのうなってしもーてなんもないんよ。すまんねー、なんでもえーんなら、近くにお好み焼き村があるけん、おまわりさん、一緒についてくる?」

 ノガルは月哉にささやいた。

「なにやってるんですか!?」

「ええから見とれ!」

 月哉はささやき返す。さらに今度は彼は、あかんべーをする。ノガルはあきれ果てている様子だ。星礼音は半分やけっぱちで、

「観光案内は断るんかいね? 警察ゆーんも、やねこい仕事じゃねえ……。えっ、うちらをしごうする? 児童虐待じゃ!」

 メイアギドは、眉をつり上げた。

「しごうする?」

 そのときだった。

  携帯電話が光り始めた!

 かたかたかた……。

 テーブルの上の紅茶が揺らぎ始める。ぐらぐら、地面が揺れる。

「なんだっ」

 セロクエルは、青ざめてメイアギドにつかまった。テーブルがひっくり返った。ばしゃっと紅茶が転がる。砕け散った紅茶茶碗の破片が、きらきら輝きながら、爆発する。机の引き出しが開いた。がらがらっと中身が散らばった。パフ、アイシャドウ、鏡、ファウンデーション、香水、真珠のネックレス、指輪類、カーラー……。その全てがはじけて跳んだり、砕けたりした。香水のつんとくる匂いが、部屋一杯に広がっていく。洋服ダンスがぱかっと開閉する。コルセットやクラシックなドレス類や絹の靴下などが飛び出して、メイアギドやセロクエルの上にかぶさってくる。月哉も立っていられなかった。ノガルはすでに倒れてしまっている。ましてその場の全員は、重なるように床の上にひっくり返った。ごつ、と鈍い音がして、

「いててっ」

 セロクエルは悲鳴を上げた。地震はやまない。その上、小物たちは、親の仇みたいに三人をこづき回し続ける。しかしさすがにメイアギドは慌てていなかった。足元が揺れているので歩くことはできないため、はいつくばって星礼音の携帯電話に、

「やめなさいっ。やめないと、ひどいわよっ」 ときつい口調で命じている。携帯電話は、ぴくりともしなかった。メイアギドはきーっと叫んだ。

「いまじゃ、突撃!」

 月哉は叫んだ。ばたーん! 扉が開いた。わーっとわめきながら、月哉は部屋に文字通り、転がり込んだ。セロクエルは四つ足状態だ。がつーん! 月哉は頭突きをかました。セロクエルは目から火花を散らした。

 地震はやまない。周囲の品々は、大きな蝶か鳥のように乱舞しまくっている。ノガルは頭を抱えながら、星礼音に走り寄っていく。しかしメイアギドの方が行動が早かった。星礼音の腕をむんずとつかむと、

「この地震をやめさせよ! 早く!」

「……やり方が、判らないのよっ」

 星礼音は悲鳴のように叫んだ。

「とぼけるのもいい加減におしっ、パーバリを音で撃退しようとしたことといい、今回のことといい、ちゃんと使えることは判ってるのよ!」

 メイアギドは携帯電話にかみついた。

「口惜しやっ。こんなガキにバカにされるとは! 最低じゃ!」

  乱暴にあちこち振り回した。びーっと音がして、携帯電話が止まった。ぴたり、と地震もとまる。

「わ、怪我の功名……」

 星礼音は小さくつぶやいたが、メイアギドはほほほほ、と笑った。

「このアイテムも、わたくしの力を悟って、言うとおりにすることを選んだのであろう」 ノガルは唇を噛んだ。

「メイアギドさま、もういい加減、復讐はやめてください。セレーネ姫も、充分反省しておられるはずです」

「なんじゃと、とんでもない!」

 メイアギドは、まるで、ネズミが虎をからかっていると言われたような反応だった。

「こいつの母親は、わたくしの父を殺し、しかもわたくしの野望をうちくだこうとした! こいつもわたくしの支配を受け入れぬつもりであることは明々白々。邪魔者は早めに始末するべきであろう」

「私が彼女をマインド・コントロールしますから」

 メイアギドは、ふんと鼻を鳴らした。

「愚か者め、もしそなたがそれをできるのなら、こんなにもこいつが非協力的なはずがなかろう」

「……そらそうじゃ……!」

 星礼音は叫んだ。

「あんたみたいなごうつくばりに、いつまでも忠誠心なんか持てっこないよ!」

「ごうつくばり。よくもそのような」

 メイアギドは、携帯電話をきつく握りしめ、持った手で星礼音の頬を殴りつけた。

「やめろっ!」

 月哉はメイアギドに飛びかかった。が、その寸前で、腰に手を回され、ひっくり返った。

 ノガルが止めたのだ。

「メイアギドさまを、傷つけないでください」

 ノガルは懇願した。

「あの方は、ほんとうはいい方なのです」

「でもあんたは、解毒剤とマナの両方で、この国を苦しめているのはこいつだって言ったじゃろうがっ」

 月哉はつばを飛ばした。

「この国を救ってくれって、そう言ったわ……」

 星礼音も言った。

「うちのこと、大好きじゃって、そう言ったじゃないの……」

「ふふふ」

 メイアギドは薄気味の悪い笑みを浮かべた。いやらしく唇をなめながら、

「この男はいつもそうなのじゃ。わたくしに逆らおうとしながら、いつも中途半端にやめてしまう。本当のことを教えてやろう。この男はの、おまえの父親を殺したのじゃ!」

「――やめてください……!」

 ノガルは叫んだ。

 星礼音はのろのろと立ち上がった。

「――いま、なんて……?」

「おほほほほほ、ショックだったようだねえ。おまえがこいつに好意を持っておることは、わたくしには判っておった……」

「どういうことなの」

 星礼音は、唇に拳を持って行く。メイアギドは、ノガルにつかつかと近づいた。

「それなら、見せてやろう……。この男が、愛されるにふさわしい男かどうかを!」

 メイアギドは懐から石を取り出した。

「テティルグリューエル!」



ブログ内検索

RSSフィード
リンク
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム